60's
当時、不動産業界は未熟で社会的地位が確立されておらず、目の前にいるお客様に一生懸命応える日々に誇りを感じていました。当時、三好不動産の本社がある中央区唐人町には遠洋漁業の基地があり漁師が多く住む町でした。
性能が決して高くない船での漁業は海難事故が多く漁師たちは命がけの仕事をしていたため「もしものことがあったら残った家族はどうなるのか」と不安を抱えていました。
そこで先代の社長三好勉は、漁師たちに賃貸住宅経営の提案を行い、アパートを建てるだけではなく、沖に出たらなかなか戻れない彼らの代わりに管理から家賃集金までを一手に引き受けました。
「三好さん頼んだよ」そして漁師たちは安心して沖へ出ていきました。
全国で初めての不動産管理業はこうして生まれたのです。
70's
全国の不動産会社で目にする「ハトマーク」。これは全国宅地取引業協会連合会(以下「全宅連」)のシンボルマークです。先代の社長 三好 勉が会長時代の福岡県宅地建物取引業協会(以下「福岡県宅建協会」)で生まれたことは意外に知られていません。
三好勉は、「不動産の流通化なしに不動産業界の未来はない」と考え、会長時代の福岡県宅建協会で、流通化を目的に福岡不動産流通センターを設立しました。
そのPRのために誕生したのがこの「ハトマーク」です。
三好勉は不動産流通の近代化を目指し、全国の不動産会社を巻き込んでいったのです。
80's
賃貸管理業の根幹を成すのは「家賃集金」。
期日までに全入居者から家賃を集金し、オ-ナーへ送金します。
管理戸数の増加とともに家賃集金の業務負担も増大するため、想像以上に至難の業でした。
そこで当社は業界初となるファームバンキングシステムを導入し、家賃集金をオンライン化。送金業務の安定稼働を実現しました。
※ファームバンキングシステムとは…安全で便利な金融機関とのデータ伝送システム
90's
「創立から100年続く会社を目指して、さらに発展するための会社基盤を創りたい」
「社員ひとりひとりが働くことに幸せを感じられる会社を創りたい」
00's
三好不動産天神サロン不動産売買や資産運用に関するあらゆる相談に当社ならではの豊富な知識と最高のホスピタリティでお応えする特別な空間です。
都市開発による社会・環境問題や少子高齢化問題等によって住空間のニーズは時代によって変化していきます。
近年の日本は世界トップクラスの超低金利で、金融商品の知識がなければ資産の運用やそれを守ることが難しい時代となりました。
だからこそ、ファイナンシャルプランナー的考え方が不動産業界には必要だと考えます。
そのため当社は、管理料や仲介料だけでオーナー様と繋がる従来の不動産業界の枠組みを超え、お客様の資産を守る最後の砦として資産運用から相続対策まで「資産のコンサルティング」を行っています。
10's

三好不動産のSDGs、それは「住み続けられるまちづくり(目標11)」の実現です。
人生100年時代。福岡で生まれ、人生を全うするまで、この街に価値を感じ続けてほしい。 私たちは不動産の「借りる・買う・活かす・遺す」のすべてに寄り添い、人と街の良好な関係を永続的なものにしていきます。 一つひとつの取り組みをかたちに。私たちは、未来の福岡を創る責任を担っています。
20's

天神本店のフロアを一部改装し、新しいオフィスのかたち「天神とまり木オフィス『天神パーチ』」として始動。
鳥たちが羽を休める“とまり木” をモチーフに、事務所としての機能はもちろん、フリーアドレスにしたことで、誰でも気軽に立ち寄って仕事ができるワークスペースを完備、時代にあわせた働き方、そして働きがいのある仕事ができるように、自由度の高いオフィスです。

1階は賃貸仲介店舗、2階は不動産オーナー向けショールーム「ゼロパーチ」を新たに開設


「家族」を想う。その先に、街の未来がある。
三好不動産は70周年を機に、新ビジョン「all for family」を掲げました。
ゾウのマークに込めたのは、創業以来変わらない「親から子へ」という信頼の絆。
社会や働き方が変わり、家族のカタチが変わっても、守るべき本質は変わりません。 私たちの管理物件は、家族の命と絆を守る場所です。血縁を超え、地域の人々やオーナー様、社員までをひとつの「家族」と捉え、不動産の枠を超えた「超・不動産宣言」のもと、この街の発展に実直に向き合い続けます。